エンドロールのこだわり

映画は最後まで観ましょう。


 「エンドロールの最後まで見る」というのは、とても大切な儀式なのである、と、私は思う。
 映画好きな人にとってもちろんこれは「常識」であり、そうでない人にとっては「不可解な行動」にほかならないということも承知の上である。
 いや、もしかすると、そんな文化が存在することさえ知らない人も多いのかもしれないが・・・。

 他の人のことは知らないが、私に限って言えば、まあ正直言って面白いとか勉強になるとか、何か意味があって見ているわけではないのは確かだ。プロデューサーや助監督、音楽のあたりまではともかくとして、それ以降にはあまり興味の湧くことは起こらない。特殊効果の多い映画や、ロケ地が複数の映画はやたらとエンドロールも長く、スタッフに知り合いの名前が出てくるわけでもなく・・・。入れ替え制でない劇場ではそれを見ている間にも次の観客がどんどん入ってきて席は埋まり、終わった後、非常に出にくい状況になってくる。

 それでも私は座っている。よく言われる「映画が終わった後も余韻を楽しみたいから」、「映画に関わった全ての人に賛辞を贈るため」・・・そんなことは露ほども思っていない。余韻もへったくれもないカス映画だろうが、映画に関わった全ての人に1,800円と交通費と私の2時間を返せと叫びたくなるようなハズレ映画だろうが、とにかく会場が明るくなるまで、私は席を立たないことにしている。
 これはもはや、ひとりでご飯を食べた後に「ごちそうさま」を言うかどうか、というような問題なのである。


 余談:しかし小心者ゆえ、2年に1回くらいしか映画を観ない友人に「私はエンドロールが終わるまで立たないから!」とか宣言することもなかなかできず、「もう立った方がいいかな?退屈かな?」などと妙に気を遣ってしまう。あまり親しくない人と映画に行かない理由の一つかもしれない。


 それにしても、エンドロールに関して、常々疑問に思っていることがある。

 私が立たないからといって、観客全員に「エンドロールが終わるまで立つな!!」とか言うつもりはない。何度も言うが、私だって別に面白いと思って見ているわけではないのだ。ラストシーンが暗転し、主役の名前がバーン、メインキャスト4人くらいの名前が次々と出て、タイトルがバーン、「a (監督の名前) film」とかなんとか出て、ロールが下から上へ流れ始めたら、もう立ってもいいとは思う。最後に「オマケ」が出ることもあるが、そこまでして最後まで見せる必要は感じない。

 しかし、ラストシーンが暗転し、主役の名前が出るか出ないかのうちに立ち上がる、あの人達の早さは何なんだろう。疑問に思っているのはそこである。カバンをひっつかみ、上着をかき寄せ、ポップコーンとドリンクのゴミを抱えてものすごい勢いで退散していくあの人たちのスピードは。「エンドロールを見たら一週間後に死ぬ」とでも言わんばかりの猛烈な早さで、取るものも取りあえず立ち上がって出ていくあの人達を、何がそんなに駆り立てるのか。いつも不思議に思っていた。


 それが先日、「ラストサムライ」を観に行ったときのことである。

 開演前に2度トイレに行ったにもかかわらず、序盤からお腹の調子が心許なくなってきた。ちょっとやばいかな、いや、2回も行ったんだから大丈夫、心なしか足が冷たい気がするけど、それもコートを膝にかければ大丈夫。大丈夫大丈夫・・・とごまかしながらも中盤、ストーリーが進むにつれて腹痛は忘れていき、しかし時折「ほら大丈夫」と自分に言い聞かせてみるという、危うい状況が続いた。

 さて終盤、ラストのクライマックスシーンが始まると思われる頃、前方に座っている人がちらほらと立ち上がって外に出ていく。おいおい、これからが本当にいいところやで。ここ観ないでどうすんねん。映画始まる前は水分摂取したらダメやで。私みたいに2回くらいトイレ行っとかないと<(`^´)>
 「バケツみたいなポップコーンとLサイズのドリンクを購入している」かどうかで、映画を見慣れた人かどうか判断できると信じている私は、勝ち誇ったようにスクリーンに視線を戻す。(←しかし、つくづく注意散漫な人間だな;)

 それが・・・それが、である。
 本当のエンディング近く、さっきまで忘れていた腹痛が帰ってきたのである。

 ・・・やばい。

 誰しも経験したことのあるであろう、「2、3分ごとに波が来る」、アレである。
 映画自体の評価は別問題として、ラスト部分は集中力40%低下。感動するはずのところも感動せず、腹痛に翻弄されつつなんとか本編が終わった。経験から言ってこれはもう、「大丈夫大丈夫」で元通りの腹になるレベルではない。神様、もうちょっとだけ私に猶予を下さい・・・。
 エンドロールが始まって、かなり「早送り」ボタンを押したくなってくる。うぅ・・・もう、立とうか?

 さすがにハリウッド巨編、エンドロールが長い。次々と流れていく人の名前名前名前・・・。
 2曲目の音楽が始まり、「San Francisco UNIT」から「JAPAN UNIT」が現れた頃にはもはや「神様に祈ってもムダ級」の痛みが寄せては返す波のよう。
 ああ、もう出よう。出てもいいよね・・・でももうちょっとで終わりかも。せっかくだし。いつも最後まで見てるし。私のポリシーだし。うぅ。

 もうこうなったら「意地」である。

 サントラ楽曲名が出て、お馴染みの「この映画はアメリカの法律下で保護されています」やら、「いかなる生物も危害を与えられていません」やらが出て・・・ああ、もうすぐ終わりだぞ!!
 ドルピーサラウンドのマークやら、目玉みたいなマーク(Motion Picture Association of America)が出て、そして、待ちに待った・・・・字幕 戸田奈津子!!!
 いつもならふわあっと明るくなってからおもむろに立ち上がるところを、会場の照明が戻らないうちに、ほとんど見えていない階段をフラフラと下りた。
 ・・・が、しかし、近くのトイレは今しがた「ラストサムライ」から出てきた人で外まで行列状態。一刻の猶予も許さない状態の私は、世紀の英断の時を迎える。

 ・・・確か、反対側のスクリーンの奥にもトイレがあったはず!!

 いつも利用しているシネコンである。その点は地の利(?)がはたらいた。3つのスクリーンを越え、売店を越え、一旦外に出てチケット売り場を越え、エスカレーターの前を通り、隣の売店を越え、さらに3つのスクリーンを越え・・・。空いたトイレを求め、早足で歩く。もちろん平常を装って。そう、あたかも「隣のスクリーンで『ファインディング・ニモ』の次の回を観るんだよ♪」という風に・・・。
 よく見たら、焦点が定まってなかったかもしれないけど;うぅ。

 幸い反対側のトイレはガラガラに空いていて、ようやく私はTOTO便座に辿り着くことができた。出ていけハライタ。

 ・・・そして。
 夢心地でトイレから出た私は、「主役の名前が出るか出ないかのうちに立ち上がる、あの人達の早さ」をちょっと理解したのであった。

(2004. 1.18)