1999年某月某日〜
「バリに行きたい。」
唐突に言い出したのは私だった。
きっかけは図書館で借りた「バリ島の心地よいホテル」(坪田三千代:文 増島実:写真 平凡社刊)という本。真っ赤な花が浮かんでいる青いプールと、バックの濃い緑のコントラストが美しい表紙写真は、まるで夢の楽園だ。
1999年の秋頃からその本を何度も借りたり期間延長したりして、貸出期間中に会った友達には必ずその本を見せ(少なくとも6人には見せた覚えがある。)、具体的な計画もないのに「めっちゃバリに行きたいねん。」などととりとめもなく喋る私は、今思えば迷惑以外の何ものでもなかったのである。
2000年6月〜
それとは別に、友達と「どっか行こう」という話が持ち上がった。2000年の初夏のことである。
最初は「東京ディズニーランドに行こう!」という話だったのだが、それがいつの間にやら「南の島に行こう!!」に変わっていた。ペナン島やプーケット島などが候補に挙がったが、どれも決定的な魅力には欠け、「リゾート地は高い!!」というミもフタもない結論が出ただけだった。
次に「どうせ高いならハワイ」ということになり、しかし9月のベストシーズンのハワイはバカ高で、それなら前から私が騒いでいたバリに行こうということに落ち着いたのである。(・・・ていうか友達が全部探してきてくれた。感謝してます;)
もちろん彼女にも「バリ島の心地よいホテル」を見せてあったことは言うまでもない。(洗脳洗脳。)
さて、非常に唐突だが私の中では
バリ=浅野ゆう子(今どきなら川原亜矢子)=大人のリゾート
なのである。(注:数年前、そういう旅行番組があったのだ。)
ちなみにバリは色々な側面を持った島で、
バリ=いとうせいこう(もしくはチチ松村)=ちょい怪しめの伝統芸能
ということにもなりかねない。(注:それも同じ旅行番組の企画だったのだ。)
とにかく、四半世紀を生きてきた女二人。今回私たちの目指すべきは、「大人のリゾート地 バリ」だったのである。
このスタンスを理解しながら今後の「ばりばり日記」を読んでいただけると、楽しみも増すことと思う。
・・・そして、何から何まで彼女任せの旅行計画が始まった。
結局ツアー予約も調整も全部やってもらい、ホテルのキャンセル待ちなどの紆余曲折を経て、万年緊縮財政の中「夏っ得 バリ島5日間 ジャヤカルタ・バリ」という見るからにお得そうなプランに決定。
現地の行動については、「BALI HEAT」という会社(これもまた友達が探してきてくれた;)にお任せした。お任せ、と言ってもすべてネット上のやりとりで、夜中に「BALI HEAT」のホームページを見ながら「どのコースにする?」とチャットで相談するという、珍しくインターネットが役に立ったひとコマである。
さて、この「現地の自由時間」であるが、今回の旅行はスケジュールに空きがないくらい予定をびっしりと入れた。
実は彼女とは1999年の3月に一緒にグァムに行ったのだが、その時はお互いに仕事にストレスが多かった時期だったので「ただ単にぼーーーっとしに行こう。」と計画を全く立てず、下調べもしなかったのだ。
その無計画が災いして、ただウダウダと無為に時間を過ごすことになってしまい、その上さらにホテルが気に入らなかったこともあって、かなりの不機嫌状態。私たちにとってグァムの印象は最悪のものとなってしまった。
あの事態は何としても避けたかったのである。
こうして、「大人のリゾート地」バリ島へ出発する準備が始まったのだった・・・・。
(2001. 1.28)