小学生の頃「みなみのうお座」という地味な星座の観察をして以来、なぜだか星が好きなのである。
夏の第三角形、オリオン座、さそり座。メジャーな星座を判別できるようになった。さそり座のアンタレス、おとめ座のスピカ、うしかい座のアルクトゥールス。メジャーでない一等星の名前も覚えた。父の天体望遠鏡で月の表面や土星の輪を見たりもした。恒星と惑星の見分け方を教えてもらった。家族でペルセウス座流星群を見たりもした。ヘール・ボップ彗星も見た。日食や月食の時はひとり大騒ぎをし、メールや電話で友達に知らせたりしていた。
まあ、私の「好き」はいつも中途半端でヘニョっとしたものなので、「天文ガイド」を購読したり、毎月の天体ショーをカレンダーに書き込んだり、家に天文台を作ったり、皆既日食を追いかけてイスタンブールに飛んだり、そんな熱心さはない。プラネタリウムも3年前に行ったのが初めてだ。
しかしその、3年前に友人Kと初めて行ったプラネタリウムで、かの「しし座流星群」を知ってしまったのである。
1998年11月18日 午前3時
99年前にヨーロッパで大出現した時は、「突然空が明るくなったので村人が何事かと外に飛び出した」という。眉唾ものだが、本当だとすれば絶対に見てみたい。
8時からの仮眠から起き出し、モコモコに着ぶくれした私は弟(一時アウトドアライフに憧れたが挫折)の寝袋を引っ張り出してきて、ゴザを引いて寝そべった。
当時、まだ携帯メールは同じ携帯電話会社間でしかやりとりできず、インターネットも私たち下々の者にまで普及していなかった。いち早くe-mail対応になっていたJ-PHONEに飛びついた私と、ワープロでニフティサーブに繋いでいた友人Kは、完璧な曇天の空を睨みながらメールを送る。
「雲が張っててよく見えません。」「さっ、寒いー。」「雲ぢゃー。なんだか無理そう」・・・。
5時前まで粘ったけど厚い雲は一向に切れる気配もなく、小雨すら降ってきて、断念せざるを得なくなる。
1999年11月17日(友人Kへのメール)
> またまた今年も平日ですが、「獅子座流星群」・・・。見たい。
> 今年はやはり、昨年よりは少なく、1時間に20〜30個程度という
> ことですが、なんてったって去年はあれだったからねえ。あれより悪く
> はならないのでは?
> それに、去年の計算ミスを思うと、天文学の分野というのも、
> まだまだ未開発な部分があるようだしねーー。
> 予想外の展開になるかもよ?
>
> ・・・というわけで、今日の深夜から明日の未明にかけて、だそうです。
> 私は去年と同条件だけど、Kちゃん、仕事始まってるからねえ;今年は
> 無理かい?でも、もう次は多分見れないんだよ〜〜。
> 私も残業あったら、去年みたいに8時からの仮眠は無理だけど・・・;
>
> でも、翌日のことを考えて、一生に一度の体験を逃すほど、常識人には
> なりたくな〜い。
>
> ・・・絶望的な雲(去年を彷佛とさせる)が出てきましたが、今日は
> 回線つなぎっぱなしで(回線が確保できればね)状況を尋ねつつ、
> 見てたいと思います。
1999年11月18日(友人Kへのメール)
> 昨日はやっぱり流星が見えず、残念でした。
> 11頃と3時頃外に出て見てたんだけど、ずっと雲がかかってて。
> さすがに去年ほどの盛り上がりはなく、防寒にも力を入れてなかった
> ので、けっこう早くザセツしちゃいましたが;
>
> ・・・でも、ヨーロッパではすごかったみたいね。NHKの映像見て
> 感動しちゃったよ。星が降るとはこのことだ!!ってカンジ。
> (9:30からの特番見なきゃ♪)
2000年11月
全く記録が残っていない・・・。
2001年11月19日
「しし座流星群」なんて言葉、ほとんど忘れかけていた。「どうせまた流れないんやろ。」って感じだった。
しかし、天気予報は快晴。しかも翌日は休み。
騙される覚悟で起きていることにした。
その日は父親がバザーで机(500円也)を買ってきて、夕食後にいきなり模様替えが始まり、強制的に手伝わされてクタクタだった。
テレビのニュースが伝えるところによると、なんとかいう天文学者が「日本では2時から3時半頃にピークを迎える」と言っているらしい。それまで起きていなければ。
1時過ぎ、眠気覚ましにパソコンを繋いでいた私は、「もう始まってるぞ!」という弟の声に部屋を飛び出し、居間の窓から空を見上げた。
「おおっ!」
見ているうちに、いくつもの星が長い尾を引いて流れていく。
慌ててタイツに靴下に冬物ジーンズ、あったか下着に毛糸のカーディガン2枚と防寒着を着込み、マフラーはマチコ巻き、トートバッグには手袋とパン(お腹空いた;)とケイタイ・・・はなくてもいいや。それから免許証。・・・免許証?!
そう、私は用意した寝袋と段ボールを引っさげて暗闇を求め、なぜか奈良県との県境を越えるという突然の行動に出たのだった。
それから先の2時間は、どんなに言葉を尽くしてみても無為である。
「すごい!」と何回叫んだだろう。とても全ての流れ星を見ることなんてできない。
辺りに街灯はなく、シルバーメタリックの車が流星を映して、時折フラッシュするのが分かった。
眠くて寒くてクタクタで、首が痛くなったけれど、そんなことはすべて興奮に消し去られていく。
脳内麻薬。眠い。寒い。すごい。すごいすごいすごい。
3時過ぎ、北から雲が押し寄せてきた。
諦めて車で移動する最中にも、フロントガラス越しにいくつもの星が落ちていく。
家に帰ると、友人Kから携帯メールが届いていた。ああ、よかった。見てたんやなあ・・・。
次の朝目覚めて、すべては夢かと思えた。
その記憶は鮮明なようで、しかしまったく曖昧だった。何も証拠がなかった。次々と流れ落ちる星の軌跡も、昨夜の続きに見た意味不明の夢も、テレビ画面に映し出される映画のシーンも、リアリティレベルは同じようなものだった。
ただひとつ、彼女からのメールを除いては。
2001年11月19日 3時27分(友人Kからのメール)> 凄いッ!
すべては、この一言に尽きる。(2001.11.20)