吉野行(よしのこう)

ねがはくは 花の下にて春死なん
      そのきさらぎの もち月の頃
                   (西行)


 関西地域以外での知名度は知らないが、奈良の吉野山は言わずと知れた桜の名所である。私は桜抜きにしても吉野がとても好きで、季節を変えて3回訪れたことがある。しかし今まで、桜の盛りには行ったことがなかった。

 そして今年。4回目の訪問。
 有給休暇を取り、満を持しての花見である。


 今回は親孝行も兼ねて母と二人で行った。(などと書いておくと聞こえはよいが、実は母は植物の名前をよく知っているので、野山に連れて行くと重宝なのだ。)

 吉野口駅でJRから近鉄に乗り換える。
 JR西日本のポスターに出ている女優さんの名前をど忘れして、非常に気になる。あああ、これ誰だっけ。喋り方とかまで頭に思い描けるのに・・・。

 しかも人に聞いたりしたら恥ずかしいような、有名人だっていうことも分かっている。
 ・・・ああ、誰だろう。
 松嶋菜々子じゃないし松雪泰子じゃないし和久井映見でもないし・・・。
 喉まで・・・いや、喉までは来てないな。食道くらいまでは出てるのにっ。

 心にわずかなわだかまりを抱えてのスタートとなった。


 俗に「一目千本」と言われる吉野山の桜だが、山のふもとから「下千本」「中千本」「上千本」「奥千本」と名前がついている。

 吉野駅があるところが中千本で、大抵の人はそこからスタートである。実を言うと2年前、花も終わりかけの時期に一度来たことがあるのだが、全行程歩きだったため途中でダウン。奥千本までは行けなかった。後で聞くと奥千本は満開だったということで、とても悔しい思いをしたのである。

 そこで今年はまずバスで奥千本まで行ってしまい、そこから下って行くことに決定。デパートの買い物と同じ方式である。


 バス乗り場のある中千本は散っていた。花吹雪だった。さらさらと音さえ聞こえてきそうなほど大量の花びらが散っていて、それはそれですごい迫力だった。

 そしてそこからバスに乗り、初めての奥千本。
 まだ桜は咲いていない。バス停の近くに「義経隠れ塔」の看板があるが、えらく坂の上である。母は足が少し悪くてそれを気遣いながらの散策なのだが、ここまで来て何も見ないというのも勿体ない。そこで私たちは坂を上りはじめる。

 しかし母が「義経千本桜って、南北朝の話やんなあ。」と言った時には少々驚いた。いや、私も日本史弱いけど・・・。
 鎌倉幕府開いたの、誰か知ってる?


 その坂を上り切っても「義経隠れ塔」はなかった。看板が出ていて、そこから少し下ったところにあるらしい。拝観料300円。「どうする?」と聞く私に母は「どっちでもいいけど。」と答えたが、やはり「ここまで来て勿体ない」と貧乏性の私が言い張り、拝観することになった。

 社務所にたった一人で座っているおばあちゃんに600円を差し出しながら、
 「すいませーん、義経隠れ塔拝観したいんですけどー。」
と言うと、予想だにしていなかった無愛想な声が返ってきた。

 「戸閉めたら真っ暗になりますで。お客さん、みんな暗い怖いって言いますで。」
 「はあ・・・。」(?)

 それでもお金を引っ込めない私に、おばあちゃんはさらにだめ押し。
 「怖いって言うくらいやったら行かん方がええですよ。」
 「はあ・・・。」(;)

 どうも何か理由があって、私たちを隠れ塔に行かせたくないらしい。おばあちゃんは執拗に尋ねる。
 「ほんまに行くんですか?」
 しかしこうなっては引っ込むわけにはいかない。
 「はい・・・。」

 そこでやっと拝観券をくれた。


 しかし「義経隠れ塔」は、ガイドブックにも載っているようなれっきとした史跡である。なんでこれほどまでに私たちを行かせたくないのだろう。理解に苦しむ。首をかしげながら二人で坂を下っていると、後ろに人の気配がした。

 そう、社務所でたった一人店番をしていたおばあちゃんが、一緒にやって来たのである。どうも案内をしてくれるらしい。

 ・・・あっ、これが面倒だったのか?


 おばあちゃんは「真っ暗」と言っていたが、古い建物なのでいくらなんでも少しくらいは光が漏れているだろうと思っていた。しかし本当に中にはわずかな光すら差していない。おばあちゃんは真っ暗にならないように扉を細く開けたまま、おもむろに、「では説明いたします。」と言った。

 ・・・と、いきなりおばあちゃんの声の調子が変わった。

 義経が頼朝の手勢に追い込まれ、この塔の屋根をを蹴破って逃げ出した様子を説明しているのだが、この調子、この息継ぎの仕方。・・・これはお経?
 丸暗記だがすごい。棒読みだがすごい。すごいすごい。ものすごい勢い。立て板に水。
 あまりにすごくてびっくりして、最初のほうの説明を聞いていなかった。


 説明が終わるとおばあちゃんは扉を完全に閉めて、その場所での修験者の行(ぎょう)の方法を教えてくれた。
 それは、暗い塔の中を手探りで壁づたいにぐるぐる回り、鐘をがんがん鳴らすというものだった。私たちもかなり当惑しながら一緒にそれをまねた。そしてひととおり済むと、扉を開けて私たちを日の光の下に導く。
 その時おばあちゃんは、社務所の時と同一人物とは思えないくらい満足げな笑みを浮かべていたのだった。

(義経隠れ塔は必見です。ていうかおばあちゃんが必見です。必ず行きましょう。・・・いつもあのおばあちゃんってわけじゃないだろうけど。)


 少し雨に降られたが、おかげで「ナイロン袋をかぶったおじいちゃん」という世にも珍しい光景にも遭遇した。
 スーパーのレジが済んだあとに魚とかを小分けして入れる、「小」のサイズのナイロン袋と思っていただけると想像しやすいと思う。それをはげ頭にかぶっているのだが、袋が小さいのですっぽりかぶることができず、頭の途中で止まったかたちになっている。それがどのくらいきっちり止まっているかということは、空気が入って頭の上でビニール袋が直立していることからもうかがえた。

 大体あれって雨よけになってるんかねえ・・・。

 そして花を愛でるはずの吉野の旅は、そういうくだらないことに笑いつつ終わっていくのだった。


余談: 

 「・・・あっ、鶴田真由や。」
  行きの吉野口駅で思い出せなかった人の名前を、帰りの吉野口駅で思い出す。


さらに余談:

 それにしてもトイレが汚い。掃除が行き届いていないのである。それでも比較的新しいような建物を選んで入る。でもどうせ嘘なんだから、「さわやかトイレ」と表示するのはやめてほしい。


  おしまい。

(2000. 5.22)