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アルゼンチンはかつて20世紀の初頭、隆盛を極めました。首都ブエノスアイレスは、そのころ南米のパリとうたわれたといいます。今でも、その栄華の名残が、そこここにうかがわれるようです。人口約300万人。南米、いや南半球屈指の大都会です。南米の中では、白人が圧倒的に多い国なので、まるでヨーロッパの街を歩いているような感じがします。コロン劇場
私たちが訪れた、いくつかの観光スポットを、シロウト写真とヤブニラミの説明でご紹介しましょう。
過去の栄華を偲ばせる代表的な例が、この劇場です。ミラノのスカラ座に次ぐ世界第二の大きさで、パリのオペラ座と合わせて、世界三大劇場といわれています。ちょうどシーズンオフで休演中なので、館内見学ツアーに参加しました。大理石をふんだんに使った豪華な内装は、ヨーロッパからの移民たちの、本国に負けないものを、との意気込みを感じさせます。
ところが、薄暗いロイヤルボックスの高い階段を不覚にも踏み外し、足首を捻挫してしまいました。先の長い日程を無事こなせるかと心配しましたが、幸い2、3日で、痛みも腫れも引きました。コロン劇場でコロンだのでは、シャレにもなりません。皆様もご用心を。
7月9日大通り
独立記念日に因んで名づけられたこの通りは、ブエノスアイレスのセントロ(中心)を南北に貫いています。世界一広い通りといわれるだけあって、ゆっくり歩いていると1回の信号で渡りきれないほどです。ここにも、先人たちの都市づくりにかける意気込みを感じます。もっともこれでも今では、ラッシュ時には車でいっぱいになります。中央にそびえる白い塔は、ブエノスアイレスのシンボル・オベリスコ。
フロリダ通り
ブエノスアイレスの”銀座“。ブランド品の店や、ブティック、レストランなど、オシャレな店が並んでいます。ウィークデイの昼間というのに、この人通りです。
大統領庁 (ピンクハウス)
建設当初からピンク色に塗られてきたので、ピンクハウス(La Casa Rosada)と呼ばれています。
かつてペロン大統領やエバ夫人が、バルコニーから演説し、前の広場を埋めつくした10万人以上の民衆が、歓呼の声で応えたという熱気は、もう感じられません。
前日の、経済政策反対のデモの名残か、倒れた横断幕が雨に濡れていました。
サンマルティン広場
革命の英雄・サンマルティンの銅像を中心としたこの広場は、ブエノスアイレスでもっとも美しいプラサの一つといわれています。背後にある森の中の公園とともに、アベックのメッカとなっているようです。
レコレータ墓地
セントロから近い、アルゼンチンでもっとも由緒ある墓地。墓地といっても、彫像や装飾が施された、大理石などの立派なお堂が並んでいて、われわれのイメージとは程遠いものがあります。芸術的な墓地として、世界的にも有名なのだそうです。ここには、13人の歴代大統領を始め、有名人が多く眠っています。
中でももっと有名なのが、あの”エビータ”ことエバ・ペロンです。社会福祉に力を入れ、貧乏人の味方といわれただけあって、黒御影石のお堂の前には、今でも花が絶えません。
もっとも、彼女は国民の税金をばらまいただけで、自分はぜいたくな生活をしていた、との批判の声もあります。33歳という若さで亡くなったこともあって、ミュージカルのヒロインともなりましたが、長生きしていたら、靴の収集で有名な、どこかの大統領夫人と同じ運命を辿ったかも知れません。
カミニート
上の写真をクリックすると、タンゴ「カミニート」が流れます。
タンゴが生まれたといわれる港町・ボカ。その観光の目玉は、タンゴの名曲で知られる、このカミニート(小径)です。
その名の通り、狭く、短い路地ですが、今では観光バスで大勢の観光客が押し寄せます。週末には、ストリート・ミュージシャンたちによるタンゴの歌や踊りで賑やかだそうです。しかし、雨模様のこの日のような、どこかうら寂しい感じのほうが、タンゴの古里にふさわしいように感じました。
ここの特長は、原色に彩られた、家々の壁や屋根です。これは、ボカ生まれの画家キンケラ・マルティンのアイディアによるものだそうです。彼は、親友フィリベルトの作ったタンゴ「カミニート」を不滅の曲にしようと、ここに路地公園を造ったといわれます。
パレルモ公園
市の北側に広がる、古くからの公園。中には、競馬場やゴルフ場もあり、世界一巨大な公園といわれています。
都心の喧騒を離れた、緑あふれる、この広大な公園は市民の憩いの場となっています。写真の白い橋は、優雅なデザインで、昔から公園の中の目印になっています。
日本庭園
日系人の寄贈により造られたこの公園は、パレルモ公園の南の端にあります。海外にある多くの日本庭園の中でも、一、ニの規模ではないでしょうか。
池には鯉が泳ぎ、売店では盆栽が売られていました。園内にある日本食レストランで、タンゴならぬ演歌のBGMなど聞いていますと、地球の反対側にいることをしばし忘れます。
ラプラタ川
ブエノスアイレスはラプラタ川の河口に開けた港町です。ラプラタ (La Plata)というのは、スペイン語で銀という意味ですが、上流で銀が採れるというので、この名が付いたといわれています。
しかし川といっても、どう見ても、海にしか見えません。対岸のウルグアイは遠く霞んでいます。昔先住民たちが、”真水の海”と呼んでいたというのもうなづけます。
上流のブラジルの赤土を運んできた水が、赤く濁っているので、わずかに川だと解ります。その赤茶けた水が、逆光で白く光って、文字どおり”銀”になりました。