〜EXPO70の跡地は今〜 2006年6月撮影

「♪ 1970年の コ〜ンニチハ ♪」と、華々しく開催されました大阪万博(EXPO70)からもう36年が過ぎました。かつて116のパビリオンが林立し、世界各国から半年間で6422万もの人を集めた会場は、今万博公園として生まれ変わっています。

36年ぶりに訪れたあの夢の跡は、“夏草”どころか、なんと約60万本もの木が生い茂る“夏の森”に姿を変えていました。その変貌ぶりをご覧ください。


当時の万博会場(西側上空から)

大阪万博会場地図


すっかり緑の海となった現在の風景

大阪万博の跡地利用は、閉幕直後に「緑に包まれた文化公園」とする方針が決まり、 人と多様な生物が共生する森を30年でつくるという目標のもと、自立した森づくりが進められてきました。

そして各パビリオンを解体した廃材などを埋めて、かつて削った千里丘陵をふたたび築き上げ、滝やせせらぎを設け、そこにカシやケヤキなど約250種60万本が植樹されました。

そして今では、カルガモ、キジバト、ウグイス、オオタカなど、115種の野鳥、バッタ、チョウ、トンボ、ホタルなどの昆虫、メダカ、コイなどの魚類13種など、多くの生物も共生しています。大都会の近郊に、昔の里山の自然がよみがえったのです。

大阪万博のテーマは人類の進歩と調和でした。当時の展示はまさに20世紀の「進歩」を象徴するものでしたが、今はまさに21世紀の「調和」を象徴する場になったという感がします。


うっそうと茂った森の中の遊歩道。木の根元にはコケも生えている


地上約10メールの高さに設けられた森の空中観察路ソラードが人気






せせらぎ



パビリオンの跡には花崗岩製の記念碑が埋め込まれている

英国館の跡


チェコスロバキア館があった場所は「松の池」となっている


カナダ館があったあたりは茶畑に



フランス館があったあたりは梅林に



東側一帯は平らな広っぱが中心となっている。このあたりは日本政府館があった場所


つて大勢の観客を迎え入れた正門を入った正面。岡本太郎作の太陽の塔だけが当時の名残りを留める


お祭り広場の跡


お祭り広場の大屋根(設計:丹下健三)の一部が記念に残されている

園内には、四季おりおりの花も咲いています。

平和のバラ園


あじさいの森(ソ連館跡)


ルピナスガーデン


ラベンダーの谷



大阪万博の際、政府出展施設として日本庭園が造られました。これは、日本最大級の26万平方メートルの敷地に、日本の造園技術を結集して作庭されたもので、西から東に流れるせせらぎに沿って4つに分けられ、それぞれ上代、中世、近世、現代の造園様式が取り入れられています。

36年の歳月を経て、木々もすっかり生長し、世界に誇る昭和の名園としての風格も出てきたようです。


平安時代の庭園様式により、立石や洲浜によって水源の泉を表現


中洲には枯山水の石組を配し、鎌倉・室町時代の庭園様式を醸し出している



正門を入った真正面には、江戸時代の大名庭園に範を模した、パノラマ・ビューが広がっている


現代庭園地区にはさまざまな花も咲いている。写真は“はす池”


花しょうぶ田

睡蓮



山中の滝


昔の竹やぶも再生されている




当時の各パビリオンの写真は下記サイトへリンクさせていただいたものです。
大阪万博記念写真館

万博公園の公式サイト