旧32軍司令部壕


沖縄の守備を担う陸軍第32軍は、決戦に備え、首里城の地下に、コンクリートで固めた壕を作り、1945年1月、そこへ司令部を移しました。この壕は、6カ所の入口、延長1キロにも及び、1トン爆弾にも耐えられるという堅牢なものでした。以来ここで沖縄戦の総指揮を取っていましたが、米軍が迫るにつれ、5月22日に本島最南部の摩文仁に撤退しました。


 
壕は僅かに入り口が見られるだけで、内部へは入れません


旧32軍司令部壕は、首里城の守礼門から城内に入らず、左手の円鑑池の方へ行った辺りにあります。首里城を見学した場合は、最後の出口である久慶門から下のほうへ下った辺りです。