旧海軍司令部壕


この壕は、1944年12月海軍設営隊によって掘られたもので、ここに海軍の沖縄方面根拠地隊の司令部がありました。カマボコ状に掘りぬいた横穴をコンクリートと坑木で固め、全長450メートルあったといわれています。持久戦に備えて、この中に約4000人の兵士が収容されていましたので、兵士らは立ったまま眠らなければならかったそうです。

しかし圧倒的な戦力を持つ米軍の進撃が続き、陸軍も南部へ撤退する中、ついに1945年6月13日、大田實司令官以下の将兵は自決を遂げます。

戦後しばらく放置されていましたが、数回にわたる遺骨収集の後、1970年司令官室を中心に約300メートルが復元され、一般公開されました。



(パンフレットより)



クワやツルハシで掘って、コンクリートで固められた通路
武器は旧式の三八式小銃(左)と鉄道のレールを削った穂先を木にくくりつけただけの槍でした



司令官室。壁に「醜米覆滅」の字が残っています

幕僚室。自決した際の手榴弾の跡が生々しい


那覇市郊外、登見城城址の近くの丘の上にあります。辺り一帯は公園として整備されています。(入場料、大人・420円) 地図