終  戦

                                    小
 は小学生におすすめのサイトです。
私の八月十五日 投稿で綴る1945年8月15日の思い出 投稿歓迎
私の8月15日 新潟県柏崎市のNET・陽だまりの18名の皆さんの1945年8月15日の思い出
パンドラの壷 1951年に福岡県立明善高校をを卒業した同窓生約200人による、1945年8月15日の思い出
東大生が体験した「8月15日」 当時の東大生による終戦体験を、立花隆氏がまとめた。文芸春秋社のサイトより
昭和20年8月15日前後 陸軍航空総軍司令部に勤務していた経理部見習士官の終戦時の思い出
終戦記念日 幼いころの戦争体験に想う
私の終戦  学徒動員で農家の応援をしていた旧制中学2年のときに迎えた、終戦の日の思い出
八月十五日 天の岩戸が開いたような 終戦時の旧制中学3年生が、学徒動員中に聴いた玉音放送とその後の価値観のコペルニクス的転回を綴る
私の八月十五日 旧制高等女学校の講堂で玉音放送を聴いた時の不安と帰宅後の安堵の思い出
「ポツダム」共同宣言 ポツダム宣言全文と現代語訳
終戦詔書と教育勅語  終戦詔書と教育勅語の全文紹介 
昭和20年 日本 「玉音放送」が音声で聞け、また全国各地でそれを聞いている人々の写真が紹介されている
嗚呼、八月十五日 終戦の日、陸軍省勤務の大尉が自刃した阿南陸軍大臣の遺体と対面した体験
宮城を舞台にした終戦劇 1945年8月15日早朝、玉音放送の録音盤のある宮内省を戦車で攻撃しようとした、近衛騎兵連隊の元兵士の生々しい体験記。兵士の目から見た東京大空襲の記録」の続編
八月十五日  北原勝雄 終戦時、内閣嘱託として首相の警護に当たっていた筆者が、近衛師団の反乱軍の攻撃から鈴木首相を救い出す緊迫のドキュメント
日本の滅亡はいかにして救われたか 鈴木一 鈴木貫太郎首相の秘書官でもあった長男が綴る、終戦時の首相の苦悩と決断
平沼邸炎上す 1945年8月15日朝、元老の平沼騏一郎邸を反乱軍が襲撃、焼き討ちにあった体験を語る、孫の赳夫氏のエッセイ
平和への祈り 井筒紀久枝 「大陸の花嫁」として、旧満州の開拓団の夫に嫁いだ女性が、夫の出征中に終戦を迎え、子供を抱えて引揚るという苦難を、自分史の中で語る。満州時代に詠んだ句集もある
ある家族の満州引き揚げ物語 ソ連軍の暴行を避けながら、一家6人で旧満州から引き揚げてきた経緯を、末子の女性が自伝的小説にまとめた
満州追憶 国民学校2年生のとき、旧満州の新京(現長春)で終戦を迎え、一家6人で引き揚げてきた体験記
行雲流水 旧関東軍の軍属夫婦が、乳児を抱え、何度も離れ離れになりつつ、旧満州から朝鮮半島の38度線を徒歩で越えて引き揚げた体験両親から聞いた子息がまとめた
満州回顧録 旧満州の電話局で勤務中、17歳で終戦を迎え、引き揚げるまでの約1年余りの苦難を綴る
満州引き揚げ回想記 旧満州の大連で終戦を迎えた国民学校教師の妻が、敗戦後の混乱の中で娘を失いながら、苦しい生活を切り抜け、引き揚げるまでの手記。戦後わが子に語り継ぐため書いた
60年前からのメッセージ-満州からの引き揚げ体験- 旧満州から母子3人で栄養失調になりながら引き揚げてきた母の手記
北満の星くずと散った子供たち 旧満州から引き揚げてきた筆者が、難民収容所で亡くなった子どもたちを主人公として書いた、体験に基づく物語
北京から引揚げ船で送還された“少年A”の物語 8歳の時北京で終戦を迎え、家族と共に引き揚げてくるまでの物語
大連捕虜収容所 戦後2年目の1947年18歳のとき、旧満州の大連で、突如ソ連軍に父とともに連行され、捕虜収容所に入れられた体験記
燃ゆる満州 旧関東軍の軍属が、終戦後ハルピンでソ連軍の収容所へ入れられたが、そこを脱走して、引き揚げてくるまでの体験記
平壌(ピョンヤン) 旧満州の新京(現長春)に住んでいた少女が、ソ連軍に追われ、母と兄、弟の3人で、北朝鮮の平壌に脱出、そこで約1年滞在した後、さらに38度線を徒歩で越えて引き揚げてくるまでの体験
私達の北朝鮮物語 終戦を北朝鮮のピョンヤンで迎えた、当時中学生の一家が、ソ連軍の暴行・略奪を避けながら、徒歩で38度線を越え、引き揚げてくるまでの体験記
北鮮哀歌 北朝鮮で現地召集されたが、4ヵ月で終戦を迎え除隊。その後妻子と別れ別れになり、なんとか三十八度線を越えて引き揚げてきたが、妻子は病に斃れ、帰ることはなかった。亡父の手記
想い出の故郷 元山 北朝鮮の元山(現ウオンサン)で終戦を迎え、その後三十八度線を越えて引き揚げてきた人たちの体験記がある
1945年、叔父が樺太で戦死 終戦直後の8月20日、樺太(サハリン)の日本軍守備隊ををソ連軍が突如攻撃、停戦申し入れも聞かず、交戦となった経緯の記録
私と終戦 8歳のとき、樺太(現サハリン)で終戦を迎え、その後一家で内地へ引揚げてきた体験
元島民が語る「北方領土」 終戦直後、ソ連軍が進駐してきた北方4島での生活とその後の引揚げの体験記
曠野を流浪って八年 旧満州で終戦を迎えたが、その後八路軍の徴用に応じ、8年間も病院勤務をしながら中国各地をさまよった体験記
シベリア、苦闘の記録 千島でソ連軍の捕虜になった元陸軍下士官の、4年間にわたるシベリア抑留体験記。個人的な体験だけでなく、その背景なども説明されている。私の戦争記録の後編
<ソ連抑留記>青春の足跡 終戦時旧満州で旧ソ連軍の捕虜となった元陸軍兵士の、2年余にわたる捕虜収容所での詳細な体験記
シベリア印象記 聞社勤務のとき召集され、旧満州で旧ソ連の捕虜となって、約2年間の強制労働生活を送った体験を、ジャーナリストらしく、物語風に綴る。メールマガジンに連載中
流転の旅路 -シベリア抑留記- 1945年召集されて、旧満州の関東軍に配属、終戦後旧ソ連の捕虜としてシベリアに約1年半抑留、帰国するまでの詳細な体験記
シベリアの思い出(悪夢編) 終戦時旧満州で旧ソ連軍の捕虜となった元陸軍兵士が、約4年にわたる捕虜収容所での悪夢のようなエピソードを綴る
シベリア抑留体験記 二人の元陸軍兵士による、約4年間にわたるシベリアでの抑留生活の体験記。当時を思い出して描いたスケッチもある
シベリア・私の捕虜記 1942年の入営以降、中国を転戦、終戦後ソ連の捕虜としてシベリアに抑留、復員するまでの7年間の体験記
シベリアの抑留日記 終戦時旧満州で旧ソ連軍の捕虜となった独立戦車旅団の元兵士が、約3年間にわたるシベリアでの抑留生活を、帰国直後綴った日記
シベリアの歌 「パプアニューギニア南十字星の下で」の著者の実兄が、戦後同じ頃にシベリアに4年もの長きにわたって抑留された記録を残したもの。弟と同様に人間味の溢れる記録もある
抑留記 迎田芳美著 元関東軍の兵士が、シベリアに抑留され、炭鉱の事故で負傷、やっと帰国するまでの2年8ヶ月の体験記
奇跡に生きて 元陸軍下士官が、旧満州で終戦を迎え、ソ連軍の手を逃れて、各地を転々と逃亡、ついに捕らえられて、シベリアへ抑留された後、1947年に無事帰国するまでの手記
シベリア抑留記 柳沢敏雄 1945年5月大連において、42歳という高齢で現地召集され、以後延べ3年間にわたるシベリアでの抑留生活の日記
シベリア抑留の生々しい記録 元関東軍下士官が、ソ連の捕虜としてシベリアに抑留され、極寒と飢餓、瀕死の重病と闘った体験記捕虜生活を描いた絵もある
武田四郎さんのシベリア抑留回想録 中国戦線での従軍と、極寒と空腹なかでの重労働のシベリア抑留との10年間の体験を語る
少年兵シベリヤに生きる 1945年4月、旧満州において、18歳の若さで、現地召集、敗戦後シベリアへ送られ、4年間の重労働に耐え、無事引き揚げるまでの体験記
戦争に捧げた青春〜シベリアを生き抜いて〜 1944年10月 北朝鮮で乗馬騎兵として入隊し、 磨刀石での戦闘、シベリアでの過酷な重労働を強いられた抑留生活を経て、1948年1月、無事帰国するまでの物語
ウラルの彼方 道遠く 北朝鮮で終戦を迎えた陸軍将校が、シベリアへ送られ、通訳としてソ連側といろいろな折衝に当たった収容所生活を綴る
ある学徒兵の戦後 1945年4月、学徒召集として中国で現地入隊し、北朝鮮で終戦を迎え、その後シベリアで飢餓と重労働の収容所生活を送った体験(未完)
故郷「駒止のふもと」に生きて 二、戦時出征のこと 1940年現役召集後、主として旧満州に駐屯、戦後シベリアへ抑留された体験を綴る
戦争体験話 1945年樺太(現サハリン)で召集され、終戦後シベリアに連行されて、捕虜生活を送った体験記
父のシベリア抑留記 旧満州の会社に勤務中、1945年5月、41歳で現地召集を受け、敗戦後シベリアへ送られ、炭鉱で重労働と飢えの生活を送り、1947年帰国するまでの体験記
三合里収容所小史 終戦直後、北朝鮮でソ連軍の捕虜になった日本軍将兵がシベリアに送られるまで収容され、またその後シベリア抑留者の内病弱者が送られてきた三合里収容所の詳しい記録
「ハルハ川」・・ある戦争の記憶 1937年入営以来、関東軍の航空隊勤務、ノモンハン事変従軍、内地の飛行学校での教育を経て、旧満州で終戦を迎え、シベリアに抑留、1948年に帰国するまでの回想
シベリア抑留と北見市民 シベリア抑留された北海道・北見市民に関する資料とその体験記。北見市の市史編さんニュースNo.97〜108に連載
旧ソ連抑留画集  敗戦後旧ソ連の捕虜となって、ウクライナに抑留された、元陸軍飛行兵がユーモアの漂う絵で、厳しい収容所生活を描く。木内 信夫の わんぱく物語の後編  
シベリア捕虜生活の思い出  1943年召集され、旧満州で終戦を迎えた後、4年間シベリアに抑留。その厳しかった収容所生活を思い出しながら、30代のころ描かれた画集
シベリア回想 早田貫一画伯のシベリア抑留鎮魂歌 シベリア抑留を経験した画家が、当時を回想して描かれた絵画
舞鶴引揚記念館 シベリア抑留を体験した画家、漫画家による絵画、漫画など
ウクライナ人捕虜から見た日本人捕虜 大戦中、ドイツに協力したためソ連に逮捕されたウクライナ人捕虜から見た、同じ強制収容所内のの日本人捕虜
シベリア抑留死亡者名簿 シベリアに抑留中亡くなった約45,000人の名簿。自らも抑留の経験を持つ元関東軍兵士が10年間にわたり作成した
山西残留日本兵・安井清氏の回想談 中国の山西省で、終戦後も残留して、国府軍に合流、中共軍と戦った、いわゆる山西残留兵の証言
従軍奇談 1943年10月「学徒出陣」で入隊、中国で終戦を迎える。その後中国軍の通訳官を命じられ、約7か月中国軍司令部に勤務した体験などを綴る
バンコク工務隊繁盛記 タイで終戦を迎えての捕虜生活中、英印軍から徴用された工務隊の通訳として働いた体験。イギリス兵、インド兵との交流を通じてのカルチャーショックなど
フィリピン捕虜収容所にて フィリピンの捕虜収容所における戦犯容疑での取調べの日々を綴る。「生きている間にこの手記」をの続編
My Father's Homepage 陸軍憲兵大尉であった亡き父上の、敗戦後のフィリピンでの捕虜収容所での日記、短歌、遺品など
映像で見る占領期の日本 日本の降伏時の写真や史料集